3年前に投稿

方向性は違うが森内もなかなか・・・

・七冠王だった羽生が、約8割の確率で先手番を取っていたことに疑問を抱き、
自宅で数千回、振り駒を行う。「歩兵」が表になり易いというデータが得られたが、
誰からも相手にされず凹む。
・米長が自慢にしていた米長邸の菜の花畑を見せられるが、「立派なレンゲですね」と言って凹ませる。
・羽生と佐藤康と三人でアタック25のパネルの開け方を共同研究した後、
深夜の雨の中、難所として知られる日光いろは坂を運転初心者の佐藤の車で爆走し、死にそうになる。
・1999年、久しぶりにタイトル戦に登場。相手が羽生棋王だったこともあり、
気合が入っていたが、対局中に記録係の飯島栄治に熟睡される。
・TBSの「史上最強のクイズ王決定戦ライブ」において、林葉直子が九州地区の
タレントゲストで目立ちまくっている中、関東地区の一般参加者の中でひっそり敗退。
・2001年に「クイズ・ミリオネア」に「森内俊之(30)、職業:団体職員」の紹介で
一般人として登場。最後の並べ替えクイズで撃沈。
・2002年の春に、名人奪取&婚約発表。名人就位後、NHK将棋講座の講師を務めるが、
始まってすぐに講師の座を千葉涼子に奪われる。
・2003年、羽生との名人戦において、夕食休憩でカレーを食べ終えた後、
再開後に、一手も指さず投了するという奇妙な行動をとり、“カレー投了”と揶揄される。
・2004年にA級順位戦で9戦全勝の快挙を達成。最終戦で負かした島はB1に降級。
その後に行われた打ち上げ麻雀でも、国士無双を決めて、島を圧倒。
・2003~2004年にかけて、羽生から、竜王・王将・名人と3連続タイトル奪取に成功し、最優秀棋士賞を初受賞。
獲得賞金は1億円を突破したが、賞金で買ったのは麻雀卓のみだった。
・2004年、竜王戦(森内-渡辺)の前夜祭で、乾杯の音頭を担当した加藤一二三が、
片手にマイク、片手にグラスを持ち、「乾杯!」と甲高い声で叫び、
何故かマイクを高々と揚げた姿を見て、ビールを吐きそうになる。
・2005年3月、10年ぶりにアタック25に登場。「あ、はなみ」の勝負手が炸裂して、優勝。
・2005年、名人戦第5局で羽生を相手に相横歩取りを採用するために、
「羽生の頭脳9巻(激戦!横歩取り)」で予習するが、本に載っていない変化になり、惨敗。

3年前に投稿

戦後まもなく、GHQの将校が将棋に目をつけ、プロ棋士を本部に呼び寄せました。
交渉に当たったのは、升田幸三という豪放磊落な棋士です。
どうやらGHQは将棋の中に危険思想が含まれていると感じていたようで、
場合によっては将棋を禁止することも検討していたのかもしれません。将校は尋問します。

「将棋はチェスと違い、取った駒を自分の兵として再び使う。これこそ捕虜虐待の思想ではないのか」

升田「冗談ではない。チェスこそ取った駒は殺したままでいる。それこそ捕虜虐待ではないか。
   だが日本の将棋は、捕虜を絶対に殺しはしない。再び将校となって働いてもらうのだ。
   あなたは先ほど「兵として再び使う」と言ったが、それは違う。
   将校を歩兵として使うことは、日本将棋ではしない。
   元の官位のまま、将校は将校として、飛車は飛車として遇するのである」

GHQ将校「それは詭弁ではないのか」

升田「違う。昔、楠木正茂という将軍は、敵兵が川に落ちるのを見て、これを救った。
   本来は殺すべきはずである敵兵を、救ったのだ。救われた兵は感激し、正茂の部下となって大いに働いた。
   これこそ、日本の精神である」

GHQ将校「…しかし、日本では庶民にまで将棋をやらせていると聞いた。
    それは、武道と同じく、戦いの準備をさせているのではないのか」

升田「武道の『武』とは、矛を止めると書く。力を外へ向けるのではなく、
   己を磨くためにあるにすぎない。また日本人は、庶民と言えど本も読めば文字も書く。
   将棋を指すのも教養の一環である。それよりもお伺いしたいことがある。
   チェスで王様を助けるために、女王を犠牲にすることもある。
   女を楯に助かるとはどういうわけなのか、レディーファーストの精神に反するのではないか。
   お答えいただきたい」

3年前に投稿

人間が感じ得る「痛み」ランキング

SSSS 歯の神経にフッ酸(痛みだけで絶命)
SSS 尿路結石(セガールが大号泣しながら救急車呼ぶレベル)
SS すい臓癌(末期) パラポネラアタック
S 椎間板ヘルニア中にくしゃみ 癌性疼痛  
A 陣痛 鎖骨骨折 
B 痛風 椎間板ヘルニア 肺癌(末期)
C 金玉にエアガン 骨髄注射 大スズメバチアタック 
D こむら返り(太腿) 肺炎 こむら返り(脹脛)
E 箪笥の角に小指
F 生理痛=金玉を強めに握る

3年前に投稿
1.僕が勤務していた小学校は、運動会の日は子どもたちも家族と一緒に校庭で弁当を食べていた。 
  でも、学校によっては運動会の日も給食を出し、子どもたちを教室に入れてしまうところも。 
  親たちは、子どものいなくなった校庭でさみしく弁当を食べるか、なかには一度家に帰って、また出直してくる人も。 
 
2.子どもたちを教室に入れてしまう理由は、「親が来れない子が傷つくから」。 
  あとは、「弁当格差によって、パン1枚しか持たされない子が傷つくから」。 
  僕は前から言っているように、何でも傷つけないようにビニールハウスで囲い、 
  温室栽培をすることが教育ではないと思っている。 
 
3.それぞれの資質や能力、容姿や家庭環境は生まれもったもので、その前提を変えることはなかなか難しい。 
  その「違い」を感じさせないよう、いくら学校が配慮しても、ビニールハウスが取り外された社会に出れば、 
  いくらでも傷つく機会がある。そのときまで気づかせないほうが、僕は無責任だと思う。 
 
4.「私の家はお母さんが来れなくてさみしい」「あの子の家の弁当は豪華だから、うらやましい」。 
  もちろん、運動会にそんな苦い思い出を持つ人もいるでしょう。 
  だから、そう感じる子が出ないように、みんなで給食。これで、だれも傷つかない。 
  そんな“平等”を図ることが教育?僕は、そうは思わない。 
 
5.社会に出れば、傷つくこともある。挫折することもある。そんなとき、どう立ち上がり、ふたたび歩いていけばよいのか。 
  そんな経験をさせておくことのほうが、よほど教育的だと思うのだ。 
  絶対的に存在する“違い”に布をおおいかぶせ、「みんな平等だよ」とうそぶくことが教育だとは、僕は思わない。 
 
http://togetter.com/li/142411  
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